2011年11月27日
今までの無線LANとは違うのだ
2011年09月25日
USTREAMで録画した番組の削除方法
今日はとりあえず、いらない録画番組を削除する方法についてだけ書きたいと思います。
「番組設定」と「番組」は同じものじゃないですよー!
「番組設定」を消してしまうと「番組」も消えてしまうのでご注意ですー!
2011年09月21日
2011年08月11日
そもそも原子力って何?
分からない言葉が飛び交うだけでも不安になるし、テレビや新聞のことを信じられなくなっている人もいるでしょう。
そこで、こんなサイトを見つけました。
http://www.nuketext.org/
このサイトは非常に細かく情報を提供してくれています。何よりも子ども向けのページがあるのがいいと思います。サイトにも「大人も」と書いてありますが、化学関係に疎い人は私も含めて子ども向けページを見るといいですね。
私が最初に見た時はダウンロードして、音声で読み上げてくれるのがあったのですが、今は探してもなくて「キッズページ」になってしまったのかなと思いますが、新しい情報を追加したりしているようなので、ダウンロード型よりはウェブサイトのほうがいいかもしれないです。
http://www.nuketext.org/indexkids.html
2011年06月22日
「東日本大震災シンポジウム〜関西から元気を」
私自身は、阪神・淡路からずっと被災地での、性被害や着替え、授乳など女性ならではの困難は、報道されにくい。そのことが気になっていて私に何ができるかと考え続けています。女性の話は全く出ないかもしれないけど、6月12日(日)神戸の元町駅近くの朝日ホールで開催された、「東日本大震災シンポジウム〜関西から元気を」に行ってきました。
コーディネーター 朝日新聞論説委員の野呂雅之さん
パネリスト 関西広域連合長・兵庫県知事の井戸敏三さん
関西経済同友会代表幹事・NTT西日本社長の大竹伸一さん
関西大学社会安全学部長・復興構想会議委員・阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センターのセンター長の河田恵昭さん
阪神高齢者・障害者支援ネットワーク理事長で看護士の気仙沼市で24時間見守りを三ヶ月続けている黒田裕子さん
参加者は、ざっと数えて250人くらいで、女性は20人くらい。50代の私が女性の中では若い方でした。男性は、学生もいましたが60代以上が多いように見えました。
パネリストの黒田さんは、「命と暮らし」に重点を置くことが大切といわれました。そして、更衣室や授乳室と小さな子どものための遊ぶスペースも避難所で作ったりされたそうです。また、小さくても子どものための勉強スペースも作ろうと言い続けておられる。小さいことのようだが、「こんな時に言うのはわがまま」と思われるような更衣室や、男女別のトイレや性被害への不安は、命の危険への不安であると思います。黒田さんのような人が一緒に声をあげてくれることは、被災地の女性の心強い味方だなぁと思いました。
黒田さんは被災者の「共生」と「自立」を目指し、そのためには、「場作り」が必要。やがて、それは、「人づくり」につながり、コミュニケーションもとれる。お互いの「見守り」につながる。やがて、仮設住宅に「集会所」を作ることで、自治会つくりを目指しておられるそうです。
パネリストは全員、阪神大震災を経験しており、それから各々に活動を継続している心強さがありました。特に、黒田さんは唯一の女性ながら、「防災には必ず女性の視点を入れること」と言われたことは大きいと思いました。
そして、パネリストの最後のひと言を忘れずにいたいし、多くの人に伝えたいことだと思いました。
井戸さんは、援助のあり方は、助けられる人たちと助ける人たちの相互協力問題がうまくできないと回らない。これは、一種の防災訓練の一つの項目になりうる。
大きな災害の変動で、「防ごう」ばかりを考えていたが、防げないものもあることを事前策として検討項目に入れる。
河田さんは、事前に正確な情報がないために、一度避難したのに家に戻って逃げ遅れた人も多い。先ず、地下は危ない! 先ず地上に出る。浸水したことがないからといって安全ではない。地下空間の水没もありうる。
黒田 @「命と暮らし」に重点を置くA一人ひとりに持ち歩いてほしいものは、懐中電灯、笛、薬が必要な人は首に3回分の薬さげておく。B普段から、地域全体を強化して、どんな人が住んでいるのか? 地域の特性を把握する
私自身も大阪の地下街は毎月のように行きます。だからといって、地上だけで大阪は移動できない。でも、地上への出口は普段から確認しておきたいし、多くの人が知ることで非常時にパニックにならずにスムースに地上への脱出ができると思いました。
そして、非常時だからこそ普段以上に悪化する女性ならではの困難も一人でも多くの人が、普段から知ることで被災時にも生きるんだと再認識しました。(中川京子 記)
2011年06月18日
原発反対
6月11日、大阪中之島剣先広場で、「脱原発100万人アクション」世界同時行動の一環として
「原発いらん!関西アクション」第二弾が、行われました。
発表では、4500人の参加だったということです。
集会では、福井からの「この夏、原発をとめて、本当にきれ
いな海にぜひ遊びに来てほしい」と熱烈なアピールがありました。
福井に,昔は原発はなかった。そうですよね。
この数十年の間に、どんどこ作られたのですよね。
その事を私は思い、「むかしこの海に原発っていうのがあったんだって」と言える日が、
一日でも早く来るよう、多くの皆さんと一緒に行動したいと、思いました。
では、東京の同時行動の11日の川柳デモから一句
「着々と対策進むよその国」
ーーーーいや、日本でも、対策を進めましょうね!
(記 中島紀子)
以上
2011年06月07日
『おひとりさまを生きる』上映イベント
「男女共同参画週間記念のつどい」(6月25日)
東大阪市立男女共同参画センター・イコーラムホールで「男女共同参画週間
記念のつどい」が開催されます。
「自分で選んだ暮らし方、生き方」をテーマにした3部構成です。
第1部は、オープニングコーラスと「ひとことメッセージ」入選者の紹介
第2部は、DVD上映「おひとりさまを生きる
〜あなたは老後をどのように暮らしますか〜」
第3部は、トーク「地域とつながる活きな生き方」
事 例 発 表 者 :岡本定雄(スマイルひょうたんやま 会長)
コーディネーター:川名紀美
(ジャーナリスト・朝日放送「NEWSゆう+」コメンテー
ター)
詳しくは
http://www.ogef.jp/ikoramu/ibent/ibent22.html
2011年05月15日
『みつばちの羽音と地球の回転』
祝島とスウェーデンの取り組みを通じてエネルギー問題の未来を問うドキュメンタリー。
この時期に映画を見る事は大変役に立つ、原発についてもっと早く真剣に考えるべきだったと思い知る。
アメリカは戦争で劣化ウランを多量に投げ込み、しかもイラクに薬などの輸入制限をしたので薬がない。
そのイラクでの放射能は3.5シーベルトであり、今福島市役所の前の土は9.0シーベルト。
あきらかに福島県全域は放射能が高くて大変危険。
にもかかわらず学校が再開し福島産の野菜など汚染されたもので学校給食を始めた。
できるだけ早く離れた場所に避難させる必要がある。
国が国民に正しい情報を流しその必要を説くべきだ。
600キロ以上離れている関西で小さい子どもたち親子を受け入れる運動をしよう!
東京ではマスクをしたほうがよい等など
2011年04月18日
原発いらん!御堂筋デモ/集会
読売新聞社が1〜3日に実施した全国世論調査(電話方式)
今後国内の原子力発電所をどうすべきか?
増やすべきだ 10%
現状を維持すべきだ 46%
減らすべきだ 29%
すべてなくすべきだ 12%
共同通信社が3月26、27両日に実施した全国電話世論調査
今後の原発の在り方では「減らしていくべきだ」と「直ちに廃止」の合計が46・7%。「増設」と「現状維持」を合わせ46・5%と拮抗(きっこう)している。
このような事態に至っても
約1割の人々が原発を増設した方がよいと回答をしていることが驚きであり、原発容認の回答をしている残念な現実がある。「計画停電」やこの間までの原発必要キャンペーンの世論誘導の力が依然侮れないことを物語っている。
それをいかに打ち破って、脱原発の世論を盛り上げてゆくかが問われていると思う!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
4月16日に行われた「原発いらん!関西行動」に行きました。
中之島図書館横「女性像前」は、どこがどこだかわからないほど混雑。一緒に行ったはずの人には、結局再会できませんでした。
短い集会は始まったものの、どこで話しているのか、わからないうちに、デモの準備に。
第一グループの、反原発運動や反戦運動を長くやってきた中高年の方達のあとから、次々と・・・しかし、警察からは「200名で区切る、50m以上間隔をあけて」とお達しがあり、遠くはなれつつ、いろんなグループが登場。
若い人、女性、子供を連れた人、10代くらいの人、などが元気にカリビアン風ドラムを叩いたり、ドラを叩いたり、リズムに乗って歩き。 日雇労働者の組合の「わっしょい!」という掛け声に、違うグループの人も声をあわせて。
声をかけて写真をとらせてもらった若い人達は,皆、すごく笑顔がカワイイのは、なぜでしょう?ノー原発のシールを私にくれた若者達のサインボードは「大人はウソつくな 子供を殺すな」でした。
最終地点難波についたら、日は暮れていました。中高年の人たちが、やっと到着した若い人達に拍手をしたり、手を振ってくれました。皆さん、いつか「原発止めた!やっと止めた!」の楽しいデモができるように、がんばろう! また、会おうね!(中島紀子さん記)
2011年04月01日
アリーナ被災者の声
レイバーネットのメーリングリスト(堀切さとみさんの取材)より
三月三十日。
朝十時。スーパーアリーナにはマスコミのカメラが押しかけていました。
今日明日の二日間で、二千人近い被災者が、一挙にこの場を退去していきます。
毛布や荷物のパッキングを手伝うボランティアが大勢集まっていました。
「引越し」の準備であわただしい中、話を聞かせてもらいました。
****************
●農家をやっていた女性
(窓越しの陽だまりの中、外を眺めながら)
「ここは本当に暖かいですね。私たちはまだ恵まれてます。
被災地に残された人は寒い思いをして、申し訳ないなと思いますよ。
川俣町に避難することになったのは十二日。何も持ち出せませんでした。
すぐ家に帰れると思ってたんです。
避難の理由は聞かされませんでした。放射能のことを知ったのは、その翌日でした。
「双葉町で畑と田んぼやってたんです。
いいところなんですよ。米はうまいし、お魚もたくさんとれるしね。
アイナメ、シラウオ、ホッキ・・。お魚はなんでもおいしいね。
ヒラガニなんかもね、ズワイガニよりおいしいんです。
きのこもとれるし、山菜も・・・。
福島の中でも雪が降らないとこだから、気候もよくてね。
本当にいいところなんです。でも、もう何もできない。
放射能に色がついてたらよかったんですけどね。
一からやり直しです。
●包帯で腕をつっていた女性
「うちはけっこう家が崩れて、そのとき腕の骨がズレたみたいなんだけど、
夢中で逃げて、病院に来れたのは埼玉に来てからです。
地震のときは、勤務先の病院にいました。
産婦人科の病棟で、分娩中の女の人なんかいて・・、本当に怖い思いをしたと思います
よ。
「私は嫁いだ先が双葉町で、三十年住んでいます。
原発は今までにもいろいろ問題起きていて・・・、ずっと不安でした。
家族や近所とも、よくそんな話はしてました。
今回の地震で「緊急停止した」と報道されたときも、絶対うそだと思った。信用できな
かった。
原発に反対してる双葉の人、多かったですよ。
一つ前の町長は、原発反対を掲げてたから当選したんです。なのに途中で考えを変えた
。
お金、もらったんでしょうね。それで、人が信じられなくなった。
「地震だけだったら、やり直すこともできたんでしょうけどね。
怒りのやり場がないです。
東電は謝りませんね。謝られて済むもんじゃないけど、まず謝るべきでしょう。
地震だけならここまで不安じゃなかったけど、放射能のことは真っ先に不安だった。
これからのこと考えたら、まっくらです。
●六十代男性 ダンボールの荷造りを終えて
「今日で‘さいたま市民‘も終りだな。明日から‘加須市民‘だ。
加須でもどこでも行ってやっぺ。
畑、貸してくれるって言われてる。
「おれたち差別されてんだ。放射能を持ち込むなとか言われてるみたいだ。
いろいろとな。ここにいりゃあ、ピンと来るべよ。
この年になって、人サマに米食わしてもらうとは思わなかった。
福島に、どんだけ米あると思ってんだ。
(一緒にいた奥さんが「何聞きたいの。聞いて何か変わるの?
起きちゃったことはしょうがないでしょう」という。)
●初老の夫婦
(フリーター労組の人たちと「福島原発を廃炉に!」という署名を集めているときに近
づいてきて)
夫「加須の避難先に来て、ちゃんと生活保障をしろっていう署名やってくれよ。
そうすれば、全員署名すっから。
原発を廃炉に・・っていうより、福島の人らが考えてんのは、まずこれからの保障だよ
。
七号、八号機を作るなって?そんな運動わざわざしなくても、絶対作れっこないよ。
福島の人、みんな怒ってるよ。
「原発たったことで、いいコトなんかなかったよ。
役場が豪華だったりするだけで。
原発が出来るとき、俺は説明会にも行ったんだ。
何かあったとき逃げられるように、原発から放射状に何本も道路作るって約束だったん
だよな。
ところがそうじゃなかった。そんな道路作ったら「危険だ」って認めることになっちゃ
うから。
今回だって、川俣町へ逃げるのに一本しか道路がないから、大渋滞。
一時間でいけるところが、四、五時間もかかって大変だった。
妻「福島原発は二十五年たったら、そこつぶしてテーマパークにするって約束だったん
ですよ。
それなのに四十年も使って。
県知事がプルサーマル計画に賛成して・・。
そしたらこうなっちゃったんですよ。
「福島原発の電気は、長い送電線使って、東京の人たちに使われてるんですよね。
私たち、事故にあったけど、わたしたちは福島原発の電気、使ってないのよね。
******
スーパーアリーナには「頑張れ!福島」「ありがとう!さいたま」という寄せ書きが貼
り出されていました。
感謝の思いがある一方で、福島だけを「放射能の被害者」扱いするあり方に、疑問を感
じている人も少なくなかったように思います。
福島の人たちは、今まで築き上げたものを奪われました。二週間の避難所生活は、自分
たちの身にふりかかってしまったことの意味を考え、これから先に向かっていく覚悟を
固めなくてはならない日々だったのです。
でも、これはわたしたち東京や埼玉に住む者にも問われていることです。
「被災地から逃れてきた人たち」は一歩先を歩いているにすぎない。・・わたしにはそ
う思えてなりません。
2011年03月27日
原発について正しい知識を得よう
■情報1
2011年03月18日
未曾有の危機
- 3月11日の大地震より1週間、大きく変わった。毎日のニュースは被災地のこと以上に原発のことばかり・・・片寄ったニュースを補うニュースがメーリングリストやツイッターで飛び交う。被災者を想い胸を痛め、自分のできることをしたいとあせる日々。
2011年02月03日
『あなたは悪くない〜性暴力サバイバーからのメッセージ〜』上映会♪フリートークあり♬
★2月11日(金)14:00〜16:00
★参加費 500円
以下の作品を上映した後、フリートークをします。
皆さんが来てくださるのを待っています(^o^)/
『あなたは悪くない
〜性暴力サバイバーからのメッセージ〜』(30分)
制作 エンドウノリコ
ビデオ工房AKAMEにて
(地下鉄御堂筋線/阪急 西中島南方駅から徒歩約2分)
地図はこちら♪
★ビデオ概略
すでに実名報道をしている性暴力被害者の小林美佳さん、大藪順子さん、山本恵子さんの被害体験を中心にまとめた。
その生々しい話は大変衝撃的で、死を感じた時の恐怖感が伝わってくる。多くの被害者は誰にも言わず自分を責め苦しみながら暮らしているのがほとんどである。
小林さんは現在3000人近くの被害者のメールサポートをしている。
そして言うー
私は歩いていて道を聞かれて答えようとしたら、車に連れ込まれてレイプされた。自分が何か悪いことをしたみたいに黙って生きなくてはならないのはおかしい。
大藪さんは被害者70人の写真展を全米や日本各地で行っている。
そして言うー
顔や名前をだして出てくる人は、自分の受けた苦しみを無駄にしたくないと思っているんです。自分の過去の意味を見いだしていくというプロセスだと思うんです。
山本さんはPANSAKUというグループで「STAND」という歌をうたっている。
そしてうたうー
・・・「わたしは汚れてしまった」と今日もまた誰かが泣いている そのかぞえきれない滴をひろいあつめ世界を変えていこう
3人は被害者らに『あなたは悪くない」と伝え、それぞれが写真や歌やメールなどで支援活動をしている。
またビデオでは性暴力救援センター・大阪と日本クローズライン・プロジェクトも紹介した。性暴力防止運動の一助になることを切に願っている。
※来られる方はメールか電話で以下へ連絡をいただきますようお願いします。
このビデオは3月1日発売予定です
個人価格 3150円/上映権付価格 15750円 (送料400円)
★連絡先
ビデオ工房AKAME
〒532-0011 大阪市淀川区西中島4-7-2
チサンマンション新大阪707
TEL/FAX: 06-4805-0234
e-mail: akamev@osk4.3web.ne.jp
Web: http://www2.osk.3web.ne.jp/~akamev/
2011年01月13日
『あなたは悪くない』制作中
昨年から1年がかりでやっと完成に近づきつつある。
性暴力被害にあった小林美佳さん、大藪順子さん、山本恵子さんの声を中心にまとめた。
性暴力にあった人がビデオで顔をだして話す、日本ではビデオとしては初めてではないだろうか。
つらい経験をして自分を責めひっそり暮らしている人が多い。自分が悪くないにもかかわらずだ。
小林さんは言う、
私は歩いていて道を聞かれて答えようとしたら、車に連れ込まれてレイプされた。
なのに自分が何か悪いことをしたみたいに黙って生きなくてはならないのはおかしい。
大藪さんは言う
性暴力はどんな状況であれ加害者が悪い。
お酒を飲んでいようとどんな服を着ていようと被害者が責められるものは何もない、白黒はっきりしている。被害にあって苦しんでいる人がいたら「大丈夫よ、あなたは悪くない」と言ってあげたい。
山本さんは歌を作った。
「STAND」という被害者を励ますてきな歌で、ビデオのテーマ曲とさせてもらった。
他に性暴力支援センター・大阪(SACHICO)の紹介や日本クローズ・ラインの紹介などもしている。
このビデオ製作にたづさわれたこと、出演者に感謝せずにはいれらない。
多くの人に見てもらい性暴力のない世の中になってほしいと切に思う。
たとえ被害にあっても堂々と生きられる世の中になってほしいと強く思う。
順調に編集が進んでいるので、3月1日発売予定
『あなたは悪くない」約30分 上映権付15750円 個人3150円
関心のある方、乞うご期待!
2010年11月07日
私 in Osaka
昨日、こんな動画を見つけた。「関西人 in Tokyo」。
私は反対に関東から大阪に来た人。
同じ気持ちではないけど、東京と大阪がこんなに違うということは来てみて初めて分かった。
両方とも都市なのだけど、混じってる割合が違うし、都市の成り立ちが違う。
成り立ち…歴史というものが刻み込まれているのが分かる。
そんなふうにして、人も、生まれてからの環境や出会った人によって人生が変わると思う。
価値観も作られる。もちろん持って生まれた才能やら感覚やらそういうものもあるだろう。
そのうちのもっとも根源的なものはなんだろう?と考えた時。
「性?」
女なのか男なのか。
性によって同じ環境・同じ家庭で育ってもそれは違う環境にいるのと同じだ。
それくらい性というのは大きい。
人は初めての人に会う時にまず何を見るだろう。
日本の場合、国籍よりもまず「性別」ではないだろうか。
私は非常に中性的なところがあるのでそう感じるだけかもしれないが。
なぜ中性的か。
1)幼児のころ
赤い肩ひもつきスカートをはいていたにもかかわらず
訪問販売のおじさんに「ぼっちゃん」と言われたw
2)高校生時代
女友だちと遊びに行って、ボートに乗っていた。
私は筋力がないので、友だちが漕いでいた。
すると、おっちゃんたちがボートで近づいてきて私に
「兄ちゃん、スカートの中ばっかり見てないで漕いでやれ」(笑)
2)20歳代だったと思う
女子トイレに入っていったら、出てきた女性に「キャッ!」と
驚かれた。こっちがびっくりするわーw
電車に乗ればおばちゃんが上から下までなめるように見てくる。
たぶん、女か男か分からないんだと思うw
枚挙に暇がないのでこのへんで。
なぜ、人は性別を気にするのか。
仕事の話にしろ趣味やら遊びの話にしろ、別に性別を確認しなくても話せるだろうに。
数年前から、大阪でセクシュアルマイノリティの人たちが映画祭を始めた。
(セクシュアルマイノリティについてはググってください。なるべく偏見・先入観のなさそうなものを)
体調が不安定なので映画祭自体には行ったことがないのだが、プレイベントには参加したことがあり、そこで初めてFTMやMTFの人に会った。
(FTM=Female to male MTF=Male to female)
最初は短編映画をいくつか見た。
トイレでどっちに入ればいいのか困るという作品が一番印象に残った。
困るというほどではないけれど私も、女子トイレで驚かれて少なからず傷ついた体験があるので。
それ以来、トイレに入る時は多少なりとも、相手を驚かせないように気を遣うようになったし。
その後、FTMやMTFの人たちが前に出てパネルディスカッション。
さらに私たち「観客」をグループ分けして、グループに必ず一人、FTMかMTFかセクシュアルマイノリティの人が入って話し合うというワークショップもあった。
パネルディスカッションの時に話してみたいと思っていたFTMの人がたまたま私の
グループに来てくれて嬉しかった。
なんでも質問に答えてくれて、この人はどれだけのことを乗り越えてきたのだろうかと感じた。
乗り越える段階はいくつかあることは「女でフェミニスト」あるいは「リブ」であれば想像はつくから。
自己否定の辛い時期→人によっては周囲にやつ当たりやひきこもり→???(非常に多様)→自己肯定?
ということが多いと思うから。
自己肯定に到達するのは非常に難しいと思う。
これはセクシュアルマイノリティやその他のマイノリティだけではなく、いわゆる「正常」と言われている人でも同じはずだ。
ただ、世の中の大勢の中にいるので、日常的にそういう疑問に自分をさらされないだけだ。
だから、それはとても怖いこと。
でも、怖いことを乗り越えないと自己肯定にはたどりつけない。
多くの人は怖いことを避けたがる。私だって避けたい。
だから、無理強いはしたくないけど、時期を見て向き合うべきだと思う。
怖いからと、そういう「正常でない」人の存在をないものにするというのはやり方が間違っている。
多様性を受け入れるというのは、口で言うほど易しいことではない。
マイノリティの人を「受け入れてあげる」のではなく自分の存在が揺らぐのだから。そうでなければ、多様性を受け入れたとは言えないと思う。
世界がどんどん広がる、ということが怖いということはあるだろうがそれを理由に理解できない人を排除すべきではない。受け入れられないのなら、せめて受け入れられるようになるまで黙っていることだ。
怖いなら、怖くなくなるまでひきこもって耐えることだ。
私は、関東から最初京都にうつった。そして大阪。
自分ですべて選んで決めたことだ。
それでも、文化や風習の違い、何より日常的に聞く「言葉」がしんどかった。
頭の中で標準語に変換していたから。1日終わるとグッタリ(笑)
私は東京生まれだけれども、親が関西なので、東京弁は話せない。
標準語という無味乾燥な言葉しか話せない。
関西の言葉を標準語に翻訳するとニュアンスが抜け落ちる。
それに気づくのに数年かかったw
それでも、大阪にうつってからは次第に慣れていってニュアンスもつかめるし、何より標準語に変換せずにそのまま聞けるようになった。
今では、テレビなどを見ていて、関西弁の人と標準語の人の区別がつかないw
どっちを話していたかという印象が残らないから。
それでも、子ども時代に関西にいなかった、そして、お国言葉というなんらか標準語とは違うベースのない私には自分オリジナルの関西弁を話すことも難しい。20年経った今でも。
お国言葉がある人は、うまいこと混ぜてその人オリジナルの関西弁を作る。
「えー!大阪の人じゃなかったの」
「えがみさんて東京の人?」
私にコンプレックスある限り、この2つの言葉は聞きたくない言葉であり続ける。
でも、最近はこの2つを聞くことも少ないし、イントネーションは大阪風になってるようでw
だから、標準語っぽいすかした大阪言葉を話す大阪の人的な位置にいるらしい。
どう受け取るかは人によるので、私が気にしているほど、なんも気にしてない人もいる、もちろん。
でも、大好きな大阪文化、その一つである、大阪弁が話せないっていうのは私の中ではずっとずっと消えない寂しさとして残るんだろうなと思う。
でも、こんなに気になる私って変よなとも思う。
それはきっと育った環境の影響もあるだろうし、両親が同じ気持ちで関西から関東に来たわけではなく、両方に差があったことも関係あると思う。それと、関東、特に東京にある東京以外を見下す雰囲気。大阪に来てはっきり分かったことだけども、確かにある。その雰囲気で、東京生まれだけど東京人ではない、関西に来たら関西はやっぱり居心地はいいけど根っからの関西人には、もうなれない。
ちょっと違うけれど、そんな思いがあるから、マイノリティとしての女性である自分を苦しくても意識していたいと思うし、他のマイノリティの人たちともつながりたいし、この『関西人 in Tokyo』に共感するのかもしれない。
まとまらなかったけどorz これにて〜(^o^)/
2010年10月14日
「自分で決める暮らし」上映&トーク
老後の暮らしに関する情報をいろいろな角度から得られることを目的にしたイベントで、参加者のたくさんの質問にゲストが答えてくれました。
1部
ビデオ上映『おひとりさまを生きる〜あなたは老後をどのように暮らしますか〜』
2部
ゲストトーク
米沢なな子さん(高齢者住宅情報センター)
片村元さん(特別養護老人ホーム ちくりんの里)
村上幸子さん(母・辻村愛子さん94才ひとりぐらしの支援)
参加者アンケート
<DVDについて>
1特養も有料も、色々ある。続きを作ってください。問題別に。
2私も皆さん明るいと思いました。
3もっと多くの人が見たいのでは
4おおまかなところはよく分かりましたが、生活部分についてはどうなのかなという感じがした。
5 DVDに出ている方は恵まれた人だと思いました。「今」は介護業者が乱立するほどあるが、40代の私が介護が必要となったときにはどうだろうかと考えます。既婚ですが子どもはいないので、本当の「おひとり様」になるので、心配はあります。
6漠然としていた不安ですが、少し軽くなりました。いろんな暮らし方が出てきていて、またそういう人達も増えてきているので、選択肢が増えたとの重いですが。一方では資金とかは今の歳からは厳しいので、いつ位から取り組んだらいいものか…と、また考えたりして
7経済力があったり、家族のサポートがあったり、恵まれた人達が多かったような気がします。年金わずかで、家族のサポートが全く受けられない場合、やはり不安が解消されないように思いますが
8意志がはっきりした方々の生きる考え方(姿勢)が良かった
9DVDに出ている人の生き方を見せて貰っただけで自分にはどうかの問題がある
10こういうテーマを考えるオープニングとしては良かったと思う。しかし、シンポで話されていた深刻な課題も取り上げる次のステップを期待しています
11分かり良く伝わり、多くの方々に見る上映会してくださればと思います
12それぞれの住環境は違うけれど、それぞれの方が選び取った表明が出されてて、私はこれから何を選んでいけば良いかというのを考えさせられた。
<ゲストの話>
1お金のあれば何でもできる。高齢者の年金生活者実態はもっと貧しい。生活保護が受けられる人はまだ幸せ。もっと悲惨な人が多い。ユニットも高くて入れない人が多い。
2現実は厳しい。考え込んでしまいました。
3米沢さんのお話で、60代からの住み替えを…の話。急に現実味を感じました。老後の暮らしを具体的に聞けて、とても勉強になりました。
4具体的な話が色々と聞けてとてもよかった。
5知らない世界の話を聴けて。老後の費用にビックリしました。
6村上さんは具体的で説得力があった。他の2人のお話からは、私の場合老後はやはり明るいとは言えない現実が、良く分かったので、それはそれなりに良かったです。
7ニーズに合った有料老人ホームが少ないのが残念ですね。でも自分の生き方を考えていくことが大切だということが良く分かりました。
8割合に具体的であり、良かったと思う
9具体的な話が聞けた
10ゲストの方々のお話本当に現場での動きの生の声で、とっても参考になり、60歳代は個々の知恵の生きる力をつけたいと切に日々暮らしております。
11介護保険についての資料があれば、分かりやすいと思う
12ホームの違いを分かりやすく説明してもらえて良かった
13米沢さん、片村さん、村上さん、現場をふまえての具体的な話でわかりやすかった。
2010年08月20日
世界報道写真展2010
3年振りにみてきました。
素直に感じたことは…。
よく分からないことも、一応そのままに。
世界はどこにあるのか。ということ。
以前なら、『近くの日本』と『遠くの世界』を見てたかも。
今回は、全てが地続きに、切り離せないつながりを感じてた。
世界はここにある。
近くも、遠くも、同じラインに並んでた。
イラク戦争の犠牲者たちは、アメリカ側にもいること。
思い起こさせた。
国やら宗教やら小難しいことナシにして、
苦しみ、悲しみ、痛み、感じきれない、消化できない
壊れかけの感情がそこにある。
ただ、人の姿がある。
悲しく、虚しい。
こうした視点の偏りはいつもある。
『必ず偏るだろう』ことを忘れないように。
何か忘れてないか、自分の目に、耳に問いかけたい。
大丈夫か…と。
ギョッとさせた、裸で腕立てする写真家。
「一連のニュース現場で腕立て伏せをする写真家」とある。
現場は日常風景に馴染んでる。
特に何もない。
何も起こっていない。
そう見える。
だけど端っこに男が腕立てしてる。
それも裸で。
あり得ない。
そう。あり得ないことが
その男の前で起こってる…。
起こってた…。
あり得ない(写真家)とあり得ない(出来事)。
だけどあり得てる。
ケニア、ナイロビ、20万人(確か)が暮らすスラムに
大きな目が走ってた。
それは、「女性の目」。
走る列車の屋根にデザインされている。
社会の女性の役割の大きさをアピール。
ここ、日本の電車や飛行機の絵柄を思い出す。
あんな絵、こんな絵で…。
「目」は走ってなかったな。
そういろんな世界を見てきました。
私なりにその世界を感じてきました。
世界は広く
世界は遠く
世界はどこかで
世界はここじゃない。
そんな自分の「世界」を変えられるか。
ここに世界はあるかもしれない。
この世界はどうなのか。
あの世界はどうなのか。
もっと近くに
もっと手の届くところに
もっとこちらの側に
線など引かずに
見て、聴いて、感じて、動けるか。
世界報道写真展2010、みてきました。
鯉
2010年08月06日
100歳以上の高齢者の所在不明
100歳以上の高齢者の所在が、子どもや親族にも分からなくっていることが明らかになった時、東京だけの事情だと思っていた。
今のところ、大阪府が日本一所在不明の高齢者が多い。行政も家族に拒否されたら、高齢者に面会できない。法的根拠というか、家族が何と言おうと強制的に行政の人間が面会したりするためのものがないと言う。
気になるのは、「大家族制度」のもとでは、そんなことはなかったというメディアで発言する人がいることだ。
それは、いつの時代の話だろうか? 私(53歳)は、祖母、両親、姉との3世代同居だった。私の生まれる前は、独身の叔父や父方の家族(4人)などが合計10人前後同居していたらしい。しかし、私が10代のころ祖母が寝たきりになったときに介護していたのは、事実上、母と父だけだった。
私が大学生だった30年以上前に、日本人の高齢化がかなり進んでいたころ。高齢者の問題として「同居の孤独」という言葉がでていた。
もっと昔に遡ると、「姥捨て山」。
一人住まいだろうが、誰かと同じ屋根の下にいようが、最後まで自立した人間らしい生活できることがいいのではないか。
何か、家事も育児も看護も介護もケアは受け手側のみの人たち。「昔はよかった」と言い続ける人たちの論点はずれてる。
2010年07月13日
ただいま〜
7月からAKAMEに復帰しました。
毎日ではありませんが、週に数回、顔だし、手をだし、口を出しています。
撮影やテープ起こしなどできるところから始めています。
もともと戦力としては、力不足だったこともあり、これからあれやら、これやと学んでいくつもりです。
しかし、ホントに人と会い、話を聞いて、撮影して、ドキドキします。
ビデオの販売をはじめ、自主製作、新たな企画など頭フル回転で、「AKAME」が多くの人にとって、また社会にとってなくてはならない存在であるようにと皆でがんばっていきたいものです。
またのブログお楽しみに。
これからもよろしくお願いします。
鯉
ビデオ販売精算完了!
しかもアマゾンでもツタヤでも買えないビデオがほとんど。学校や職場で役たててほしいにもかかわらず、なぜか(宣伝不足?)のために必要な方々に届いていないのが悩みの種。
委託販売で半年ごとに精算をして制作者に振込をする。その振込が終わりホッとしている様子です。




