ジェンダーはともかく労働専門ではないし、迷いましたが、専門的なことは専門家の人が書いてくれて、AKAMEは「実践事例」として雑誌の中で扱われるのだと分かり、せっかくの機会だからと書くことにしました。
このたび6月号に無事掲載されましたので、その本文を転載しますね。
女性による映像表現実践の18年
江上諭子
■ビデオ工房AKAMEとは
1960〜1970年代のウーマンリブ、そして1980年代のフェミニズム旋風の風が止まり始めた1992年に私たちのグループは誕生しました。
ビデオ工房AKAMEの創設メンバーはすべて、当時大阪府吹田市にあった「ウーマンズスクール」の出身です。この学校は女性活動家の小西綾さんと元法政大学教授の駒尺喜美さんが1991年に開校し、フェミニズムの思想を学び、女性が自立して生きていける技能を身につけることを目標に作られた私塾です。
私たちはその第一期生でした。当時は女性学も確立しておらず、女性センターもない時代です。今からは信じられないでしょうが、それだけのお金を払ってでも学びたい・自立したいという女性がおよそ160人いたのです。
ビデオ工房AKAMEは「女性の女性による女性のための映像表現」という一点のみでつながる相互扶助のネットワークだと思っています。メンバーそれぞれ考え方が違うし、興味の分野も違います。そして自主・独立の精神を大切に考えてきたと思います。
対外的に必要なので代表を置いていますが、実質的な代表はいません。私たちには代表は必要ないからです。表現が正確ではないかもしれませんが、言ってみれば全員が社長というわけです。
■私たちのこれまでの活動
「ウーマンズスクール」を卒業した後、私たち6人は一人あたり数十万円のお金を出し合って事務所をもちました。機材もとりあえずカメラと編集機だけ買いました。「レンタルしていては何もできない」「事務所をもち機材を持つというリスクを恐れていては何もできない」という強い気持ちがありました。「授業料に何十万円も払ったのだから元をとらないと」などという話もしたものでしたが、当初は毎月1万円払いながら活動をしていました。しばらくして話し合いの結果毎月1万2000円に上がりましたが、活動を軌道に乗せるためには「月謝」を払ってでもやるのだという思いが弱まることはありませんでした。
周囲からは「無謀だ」という声もありました。ちょっとビデオを習ったからといって、それで食べていけるほど甘くない。でも私たちは固く決心していました。私たち自身を含めたこの世の女性に必要なことをやろうとしていたからです。当時も今も私たち女性に必要な映像表現や情報は少ないと思います。
何もかもが試行錯誤の日々でした。やっとライトが買えて嬉しくて色々と撮影しているうちに、ライトをカメラに近づけすぎてレンズカバーを焦がしてしまったり、露出の設定が間違っているのに気づかず映像が使い物にならなかったり。
そんな私たちを支えていたのは、数はマリノリティではないけれど、社会的に不利であるという意味でマイノリティとしての女性の声なき声を広く届けたいという思いでした。私はそれを女性同士の連帯、シスターフッドの一つだと思っています。
最初の自主制作は「離婚」がテーマでした。メンバーが離婚を体験したことをきっかけにして彼女自身がディレクターとなって作ったものです。機材の限界と撮影技術の未熟さのため画像は見にくく音も聞き取りにくいものの、女性離婚当事者が「本心」「体験」を語るビデオは今までなかったので、10年以上経った今でも共感を呼び起こす作品です。
そのうち、全国に女性センターが増え始め、行政からのビデオ製作依頼も来るようになりました。ただ、行政からの依頼の仕事には限界もありました。
ある地方公共団体からの依頼で「新しい家族像」をテーマにビデオを作ってほしいと依頼されました。新しい家族像として「未婚のシングルマザー」「事実婚の家族」「高齢女性の一人暮らし」の3つを取材する企画は通ったのですが、演出は通りませんでした。具体的な説明は割愛しますが、少し変わった暮らし方を紹介するのは良くても、今までの家族の概念を少しでも否定的に演出することは行政では無理なのだなと感じたのを覚えています。
また、民間女性団体からのビデオ製作の依頼も来るようになり、女性のために地道な活動している団体とも知り合えました。
それらの収入のおかげで毎月の「月謝」を払わなくても済むようになりました。「食べていけるようになりたい」という意志を強くもつメンバーもいました。私個人の考えでは、草創期の「お金を払いながらでもやる」という精神は変わっていません。それは「好きなこと・女性にとって必要なことがやれる」「誰に遠慮することなく作品が作れる」という意味だからです。その数年後には、一人だけでしたが専従を置けるようにもなりました。その後しばらくして、メンバー全員がファーストフード店並みのアルバイトの時給を払い合えるようになりました。「草創期の精神」を忘れない限り、それは大きな躍進だと思います。
そして、自分たちだけが作るのではなく、もっと多くの女性に作品を作ってほしいと思うようになり、ビデオ講座を始めました。泊りがけの合宿講座などもしました。
実際に作品を作りそれが売れた喜び。女性たちが上映会に来てくれて、一つの作品をいっしょに観ることで、初対面の人でも「ぶっちゃけ話」ができました。その楽しい体験が私たち以外の女性にもできるはずだと思ったのです。
とはいってもお金はないので、私たち自身も業務用機材は桁違いに高くて買えず、一般人向けの機材を使っていました。特殊効果も費用がかりすぎます。そんなとき「ハイテクがなんだ! ローテクで勝負!」とまったく落ち込むことなくやってきました。
■ビデオ工房AKAMEとジェンダー
私たちがビデオ講座をする時、必ずつける条件は「参加者は女性のみ」ということです。男性が混じると男性がリーダーシップをとってしまいがちだからです。また、男性は機材の使い方に興味がある人が多いけれど、女性はビデオカメラを使って、自己表現をしたいという人が多いのです。「ビデオ講座は女性だけで」。時代が男性中心社会である限り変わらない原則です。女性と男性を分けなければならない社会状況はまだまだあると思います。
AKAMEは基本的に女性とともに活動します。これもジェンダーに配慮するためです。誰が撮っても誰が編集しても同じということはありません。女性運動に一定の理解がある男性と組んで仕事をすることもあります。カメラ担当者の不足が大きな要因ですが、男性であっても支障ない撮影に限ります。
また、AKAMEがもう一つ大事にしていることは当事者と人間関係を作り、ともに作るということです。代弁ではなく当事者が語る作品作りをいつも目指しています。
■労働問題とビデオ工房AKAME
労働における女性差別は、今も深刻な問題です。メンバーの中に職場でのお茶くみやセクハラをはじめとした女性差別と解雇を経験したメンバーがいて、彼女は労働問題に積極的にかかわったり、女性の労働問題に焦点を当てた作品を作ったりしています。
東京に引き続き2004年から大阪でも開かれている「レイバーフェスタ」は、最初はアメリカのカリフォルニアで始まり世界中に広がったものです。
ビデオ工房AKAMEは賛同団体として毎回名を連ね、実行委員会にも参加してきました。また、フェスタの中で上映される3分間ビデオを作るためのビデオ講座も引き受けてきました。
また、2007年のレイバーフェスタで上映された『私たちは風の中に立つ』という作品は、30余年にわたる韓国の女性労働運動を女性監督のイ・ヘランさんが丹念に調べ、命がけで戦ってきた労働運動の当事者にインタビューし、資料映像とともに構成された秀逸の作品です。実行委員であるAKAMEメンバーがメイン映画を探していた時にこの作品を日本で上映したいと考えていたSさんと出会い、翻訳以前の作品を観て実行委員会で強く押したのです。「地味」「暗い」などの反対意見もあったそうですがSさんと二人で強く押して上映が実現しました。当日は160人もの人が観にきてくれ、その大半が女性だったそうです。ビデオ工房AKAMEで字幕をつけました。私も字幕つけの手伝いをしたので、国家ぐるみの弾圧とそれに負けずに戦い続けている女性の姿は忘れられません。こんな出会いがあることがビデオ工房AKAMEをやっていて良かったと思う時です。
レイバーフェスタ自体はジェンダーを問わずに行われていますが「女性ならではの問題に切り込んだ」映像表現を増やしていけたらと思います。それがジェンダーに配慮するということで、ジェンダー・センシティブの実践だと思います。
■シスターフッドとジェンダー・センシティブ
「シスターフッド」は1980年代には盛んに使われた言葉ですが、今はもうあまり耳にすることがありません。人種や立場などいろいろな違いを超えて女同士連帯しよう、ということです。
私たちも活動開始から18年目に入りました。辞めたり休んだりしているメンバーもいますが、新たに入ったメンバーもいます。「シスターフッド」「女性差別撤廃」という言葉を胸に刻んで続けていくことが大切だと思っています。
私たちビデオ工房AKAMEメンバーはリブ世代の小西さんと駒尺さんから「ウーマンズスクール」を通して、女性が自立して生きていくことの大切さを教えてもらいました。私自身は1980年代フェミニズム旋風のただ中で、女性が連帯することやシスターフッドを体感することができました。そしてビデオ工房AKAMEのメンバーになってからは、メンバー同士のシスターフッドの中なかで、楽しく充実した体験をすることができました。体験してみないとなかなかわかりにくい感覚かもしれません。
昨今の派遣切り問題にしても、女性にとっては新しい問題ではありません。女性だけの問題であるうちは社会問題化せず、それが男性にも及んで始めて社会問題化するのかもしれません。
そこにジェンダー・センシティブの思想があったなら、男女ごちゃまぜではダメな場合もあるというシスターフッドの大切さに気づけるはずです。私は労働問題の専門家ではありませんが、今、既存の労働運動の中にシスターフッドがあったら、女性同士支え合って立ち向かってゆけるのではないかと思います。
■声なき声を映像に
女性差別問題は決して終わっていません。私たちがウーマンリブやフェミニズムから受け取ったものを、今度は若い世代の女性たちに手渡していく番だと思っています。ビデオ工房AKAMEは閉じた団体ではありません。誰でも志を同じくする人には入ってもらいたいと思っています。世の中の声なき声を拾い、広く世に広めていくことができます。
私には一つのイメージがいつもあります。AKAMEのビデオ作品が女性センターのライブラリーの片隅にあり、ある日ある女性がそれを見つける。そんな小さな広がりであっても救われる女性が一人でもいれば、というイメージです。
女性センター(男女共同参画センター)もある意味で社会教育を担う施設の一つだと思います。私たちが作った作品をより多くの人に見てもらえるような創意工夫をしてもらえることを強く期待しています。
えがみ・ゆうこ=プロフィール
1963年生まれ。大学卒業後ブルーカラー労働者として働き、その後ビデオ工房AKAME設立にかかわる。現在は精神科に通いながら活動中。精神障害者問題のビデオ制作プロジェクトを始めたところ。将来的には女性精神障害者問題にも取り組む予定。
ビデオ工房AKAMEのURL
http://www2.osk.3web.ne.jp/~akamev/
『月刊社会教育』(2009年6月号、国土社)掲載分より転載
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