2010年08月06日

100歳以上の高齢者の所在不明


 100歳以上の高齢者の所在が、子どもや親族にも分からなくっていることが明らかになった時、東京だけの事情だと思っていた。
 今のところ、大阪府が日本一所在不明の高齢者が多い。行政も家族に拒否されたら、高齢者に面会できない。法的根拠というか、家族が何と言おうと強制的に行政の人間が面会したりするためのものがないと言う。
 気になるのは、「大家族制度」のもとでは、そんなことはなかったというメディアで発言する人がいることだ。
 それは、いつの時代の話だろうか? 私(53歳)は、祖母、両親、姉との3世代同居だった。私の生まれる前は、独身の叔父や父方の家族(4人)などが合計10人前後同居していたらしい。しかし、私が10代のころ祖母が寝たきりになったときに介護していたのは、事実上、母と父だけだった。
 私が大学生だった30年以上前に、日本人の高齢化がかなり進んでいたころ。高齢者の問題として「同居の孤独」という言葉がでていた。
 もっと昔に遡ると、「姥捨て山」。
 一人住まいだろうが、誰かと同じ屋根の下にいようが、最後まで自立した人間らしい生活できることがいいのではないか。
 何か、家事も育児も看護も介護もケアは受け手側のみの人たち。「昔はよかった」と言い続ける人たちの論点はずれてる。
posted by 中川京子 at 20:14| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。